ハートフルスケッチ

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不幸は幸福への始まり(5)

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大好きな母がどうして私の本当の母でないのか?私は本当の母であってほしかったと思ったものです。
しかし、どんなに立派な育ての母だとしても所詮、堕落人間です。
夫婦喧嘩も何度かありました。その中で、私が関係した大きな喧嘩が2回ほどありました。
その一つは、父が私に物を買ってくれたことが原因でした。

それは中学3年のお正月のことでした。
その年は父の会社の景気が悪く、ボーナスも本当に少なくて、母は家計をやりくりして、やっとのことで
お正月を迎えることができたようです。
そのお正月に、父はバスで1時間30分ほどもかかる家から遠い場所にある大きな町に私と弟を連れて
行ってくれました。
そこで父は私にオーバーコートを買ってくれました。

私は何度も「いらない」といったのですが、父は私の気持ちなど気にせずに買ってしまいました。
私は「いらないのに」と思いながらも少しは嬉しい気持ちになりました。
しかし、この買い物が家に帰って大きな事件になるなど、その時は考えてもみませんでした。

私がコートを着た姿を見るや、母はびっくりするよりもすごい剣幕で父に食ってかかり、ついに大喧嘩に
なってしまいました。
挙句の果てに母は「別れる」とまでいいだしました。
祖母は私のそばで、私と一緒に小さくなってうずくまり、黙って喧嘩が収まるのを待っていました。

次の日のことです。
家から歩いて40分ほどのところに母のお兄さんが住んでいるのですが、母は私と弟を連れてそこへ
出かけて行きました。
兄に相談するためでしょう。

私はその場所に私も一緒に連れて行かれたことが不思議で、当時の母の気持ちが未だに理解できません。



雲泥の差

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情報誌のポスティング(配布)を行っていた時のことです。
とある家の前に来た時、玄関先の庭でご主人がマイカーの洗車をしていらっしゃいました。
「おはようございます。情報誌の〇〇です」
と声をおかけしたところ、そのご主人が洗車の手を休めて、
「これはこれは、有難うございます」
といって、両手を差し出して受け取って下さいました。
一方、ある家で玄関のドアの郵便受けに情報誌を投函したところ、家の中の多分ご主人と思われる人
が早速それを取り出すや否や、
「誰だ、こんなゴミを勝手に家に入れた奴は」
と大声でどなり散らす声が聞こえてきました。

新聞の購読料の集金を行っていた時のことです。
質素な佇まいのとある家では、私を正座して出迎えて下さった老夫婦が畳の上に両手をついて、頭を
畳にこすりつけんばかりにして、
「いつもいつもご苦労様です。ありがとうございます」
と心からの感謝の言葉を下さいました。
一方、ある家では、
「今、お金がない。出直してきてくれ」
とあまりにも冷たい返事でした。

人間模様の一幕を垣間見た瞬間でした。雲泥の差ですね。
自分の身に照らして、大いに反省させられました(T)。

不幸は幸福への始まり(4)

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いくら立派な育ての親だとしても実の母親ではないと知ることは、子供にとっては大きな心の傷として
一生取り去ることはできません。

中学の頃、母に何かいわれていつものように黙り込んでしまいました。
そのうち、母は買い物に出かけて、家の中には祖母と私の二人だけがいました。

私は、祖母に母のことを聞いてみました。
実は本当の母親ではないという答えが返ってきました。
祖母は、そのことについて「運命なんだ」といって私を諭してくれました。
そのときから「運命」という言葉をいつも思い出すことで自分を励まして生きてきました。
また、祖母がいたことで、兄と私にとっては育ての親からの今でいう虐待やいじめもなかったのだと
私は思います。
このことは、三世代同居の良い効果の表れでしょう。

中学の頃から、人間はなぜ結婚しなければいけないのかと考えました。
友達に「私は結婚しない」と話したことがあります。
そうしたら、「結婚しないという人に限って早く結婚する。自分の姉さんもそうだった」と話してくれました。

ある日、物思いにふけっている母の姿を見たことがあります。
私は、母は今、何を考え何を思い出しているのだろうと思っていました。
母もまたどうすることもできない自分の運命を考えていたのでしょうか?
自分の子供は育てることができずに、他人の子供を育てることに喜びや幸せを感じることができる
のでしょうか。
私にとっても、今の母は育ての親であって、生みの母が別にいることを知ってからというもの、生みの母は
どんな人であろうか、一度で良いから会うことはできないであろうか、また今の育ての母とは今後うまく
やっていけるだろうかなどとどれ位思ってみたところでどうしようもありません。
これが私の運命なのですから。自分ではどうすることもできないことが沢山あるのです。

そうはいっても不思議なものです。
いろいろなことがありながらも、家庭の中は一つにまとまり、良い方向へと流れていきました。
私たち三人の兄弟は、新しい育ての母の深い愛情に包まれながら成長していきました。

不幸だと思っていたことが幸せに変化していきました(C)。

婚外子の相続差別撤廃問題

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先日、大変気になる内容がラジオのニュースで流れました。
今日はそのことについて書きたいと思います。

法の下においては、全ての人間は平等でなければならないということで、嫡出子(婚内子)と
非嫡出子(婚外子)とは平等に遺産を相続できるという判決がなされました。

しかし、このことは良く考えてみると、人間は好き勝手に結婚し、相手に対して愛が無くなれば、
勝手に不倫したり離婚したりしていることが問題であるのに、まるで一人の人間が沢山の
家庭を作ることを法律で奨励しているようにも見えます。

果たしてこんなにいい加減な男女関係で良いのでしょうか。
男女が愛し合って結婚したならば、お互いに「報・連・相」を密にし、日常のどんな小さなことに
対してでも授受作用をすることによって相手の心情を理解し、お互いの気持ちが一つになる
努力をすることが大切です。

日本もいずれ日本民族が二分し、双方で戦争ばかりして、相手が悪いとお互いに譲らず、
その内に滅んでしまうかもわかりません。

人間は同じ過ちを何回も繰り返して、それでもなお正しいことを見つけ出すことができない
のですね。
どうして家庭を崩壊させるような法律が簡単に成立するのでしょうか。
相手の家庭を破壊してまでも幸せになりたいのでしょうか。
これは大変に恐ろしいことです。

婚外子の相続差別撤廃を要求してきた人たちは、間違った主張をしています。
相手を不幸にした土台の上には決して幸せはやっては来ません。
それどころか、仮にこのような法律のもとに本人だけが幸せになったとしても、その子、孫、
代々永遠に争いが続くでしょう。その結果、その氏族たちは完全に滅亡することになるでしょう。

聖書の中にアブラハム家庭のことが書いてありますが、アブラハム家庭における本妻の子と
妾の子とのそれぞれの子孫である現代の人たちも未だに相手を許すことなく争い続けています。

これをして世間では宗教戦争といいますが、これは正に兄弟げんかの始まりが今や
民族・国家の争いにまで発展して、収拾の目処がついていないのです。

人が結婚するということは、男にしても女にしても一生の間に一人だけの相手しかいない
ということです。

一般に子供には責任はないといわれますが、それでは一体誰に責任があるのでしょうか。
勿論、親ですね。
ですから、親が正しい生き方をして、それを子供に伝えていくことが大切です。
家庭教育が必要である所以はここにあります(C)。

不幸は幸福への始まり(3)

19920103宝剣岳a

何にもわからない兄と私は、幼くして両親の離婚という不幸を経験することになりました。
しかし、その後に新しい母を迎えて、私たちの家庭は再出発しました。

大なり小なりのいざこざや波風は、本当の親子関係においても勿論ありますよね。
私の家庭においても同じようにありましたが、新しい母を中心として徐々に幸福な家庭に形作られて
いきました。

世の中で一般に言われるように、兄も中学後半から高校にかけて反抗期に入って行きました。
兄のそのような姿を見ながら、私も反抗期に入っていきますが、母には嫌われないように、また自分の
居場所を確保するために、表面的には良い子を装っていました。

口答えはしませんが、黙り込んで2,3日無言のまま「プーッ」とふくれっ面を続けることで反抗していました。
その内、あだ名で「プン子、プン子」と呼ばれるようになりました。
そのような状況から、前にも書きましたが人前で話すことが苦手になっていきました。
そして、無言の世界に閉じこもって過去を振り返りながらいろいろと考えるようになりました。

母は兄を自分の思いや考えで育てていました。
母は、兄に「親のいうことと茄子の花は千に一つも仇はない」とか「朱に交われば赤くなる」とか言って、
友達を選びなさいと良く話していました。
私はそばでいつも聞いていました。
その様なわけで、要領よく人の機嫌をとる私でした。
(余談:茄子を植えて育ててみましたが、実際には肥料が足りないと、花が咲いても落ちてしまったり、
実がついたようでもいつの間にか無くなっていたりします)

一方、父は家族を大切にするような人ではありませんでした。
これでは両親の関係が良いはずがありません。
それでも母は父をたてていました。
再婚してまでも苦労している母の姿を見ながら、人間は、特に女性はそんなにしてまで結婚しなければ
いけないのだろうかと感じていました。

友達や仕事の先輩達は「結婚して幸せになります」といって退職していきましたが、私は結婚して幸せに
なんかなれっこない、結婚は墓場であると思っていました。
「幸せになる」といって退職していった人に限って、離婚して戻ってきました。

不幸は幸福への始まり(2)

20020104三国峠3a

子供の頃の私は、自分について色々と考える人でした。
もし、隣のAちゃんだったらどんな気持ちで生きているのだろうかとか、アメリカ人やアフリカ人などの
外国人の場合はどうなんだろうとか、私はなぜ生まれてきたのだろうか? 生まれたくもなかったのに
親は何のために私を生んだのだろうとか思っていました。

私は祖父を知りません。私の祖父は早くに亡くなっていて、私は祖父の顔も見たことがありませんでした。
ですから、私は祖母が話してくれた内容をもとにいろいろと思い描いて私なりの祖父像を作り上げていました。

さらに、祖父母の前の人たちはどんな人だったのかと思い描きながら時代を遡っていくと、祖父母は
明治生まれでしたので、その父母は江戸時代だし、戦国時代だし、平安時代だし・・・・・・
要するに、ご先祖様達はそれぞれの時代に生きながら今日の私まで命をつないで下さったということです。

ご先祖様はどのような顔をして、どのような服を着て、何を食べて生活していたのだろうか等、私は一人で
あれこれと想像するそんな子供でした。

私はしゃべることが苦手で、従って自分の考えを相手に伝えることが大変苦手で、18~20歳の頃は、
対人恐怖症ではないかとさえ思っていました。

私の育ての母は、私の父との間に男子を出産しました。私に弟が出来て、祖母、父、育ての母、兄、私、
弟と6人の新しい生活が流れていきました。

新しい母は、兄と私を自分の子供だと思って育ててくれました。祖母は勿論ですが、育ての母も自分を
犠牲にして一生懸命に育ててくれました。反面、父は家を大切にする人ではなく、自分の好きなように
生きる人でした。


私は女の子でしたので、新しい母は私に洋服を作ってくれたり、セーターやカーディガンなども良く作って
くれたりしました。夏休みになるとお習字を教えてくれたり、洋服などの作り方も教えてくれました。
私は、沢山のことを母から学ぶことができました。私はこの母が大好きでした。

父はあまり好きではありませんでした。
友達に「お父さんとお母さんとどちらが好き?」と聞いたことがありました。
その友達が「両方とも好きよ」と答えたのを覚えています(C)。

怒らない、焦らない、諦めない

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人間は感情の生き物です。
気に入らないことがあると怒りたくなり、
なかなか思うようにできないと焦りだし、
ちょっと頑張ってできなければ、簡単に諦めてしまいたくなります。

でも、果たしてこれで良いのでしょうか。

そもそも人は何のために生きているのでしょうか。
人は勝手に生きているのではありません。ご先祖様の血を受け継いで生きているのです。
世界に一つしかない尊い命、神様によって生かされているのです。
そして人は幸せになるために生きるのです。
この幸せになるという目的を達成するために、しっかりとした目標を自分に掲げて生きることが大切です。

日本では年間の自殺者が3万人を越えるという悲しい時代です。
こんな時代にあっても、生きる目的や目標が明確になっておれば、苦しいことにも耐えて途中で
迷うこともなく、忍耐強く希望を持って生きていくことができます。
今不幸であると思っていることがあったとしても、その不幸が幸福を呼び寄せてくれる時がやってきます。

人間は常にいろんな誘惑に晒されて、そのたびに心が動揺しがちですが、途中で目標を見失しなわない
ようにするためには、生きる目的と目標についての確固たる信念を持ち、ちょっとしたことで「怒らない、
焦らない、諦めない」ことが肝要であるといえるでしょう。

目標が達成できた時には、その目標が高いハードルであればあるほど、深い感動を得ることができます。
そして、生きていて本当に良かったと喜びの涙で心が洗われることでしょう(T)。



不幸は幸福への始まり(1)

20020921日向薬師21aa

浜村淳さんはラジオ番組の中でいつも「人それぞれにドラマあり」と語っておられ、視聴者の
方々の様々な体験談を心をこめてお話されていました。
そして私は、浜村淳さんのそのラジオ番組をいつも涙しながら聞いていました。

私にも私なりのドラマがありますので、今回はそれを少しづつ書き綴ってみたいと思います。

人は生きていく上において、右に行くか左に行くか選ばなければならない時が何度かあります。

しかし、自分が関わっていながら自分でそれを選択することができないことも多々あります。

私の場合、親の離婚によって兄は父の下で、私は母の下で暮らすことになったようです。

ところが、母の事情で、私は父のもとへ返されました。
これが、私の自分ではどうにも出来ない最初の選択でした。

しばらくして、新しい母親を迎えての生活が始まり、私の生き方や性格に大きく影響することに
なります(C)。

為に生きる

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人はなぜ、何のために生きるのでしょうか。
この問いかけに対する答えは人によってさまざまであろうかと思います。
いくつかの例をあげてみましょう。

 ①お金を貯めて世界一周旅行とか宇宙旅行がしてみたい、

 ②趣味の奥義を究めたい、

 ③世界の最高峰を踏破したい、

 ④新技術を開発して、より住みよい、便利な暮らしができるように貢献したい、

 ⑤未開の地などで飢餓や病気に苦しんでいる人たちに援助の手を差し伸べたい、

 ⑥新薬を開発して、難病に苦しんでいる人たちを救いたい、

 ⑦自分が愛する妻や子供の幸せのために一生を捧げたい、

 ⑧地球環境の保護のために全精力を注ぎたい、

 ⑨戦争のない世の中を作って、世界平和のために尽くしたい、等など。

 他にもいろいろとあげることができるでしょうが、これらの多くは一言でいえば「為に生きる」
ということです。
 そうです。人が生きる目的は、神様からいただいた自分の命を粗末にしないで、「人を幸せに
する為に生きる」ことなのです。そして、それが自分自身が幸せになる結果にも繋がるのです。

 このように考えて一所懸命に生きましょう。
 そうすれば、神様にも喜んでいただけること間違いありません(T)。


「頑張れ」の功罪

20040709唐招提寺7da

「頑張れ」という言葉は相手を励まし、勇気づける言葉としてしばしば用いられますが、
時と場合をわきまえて使う必要があると思います。

例えば、震災で肉親を亡くして悲しみのどん底に打ちひしがれている、あるいは長期間にわたって
心の病に苦しんで気力を喪失している人などに対して「頑張れ」という言葉はタブーです。

なぜなら、このような頑張れなくて頑張っていない人に対して「頑張れ」という言葉を使うと、
頑張ったからといって肉親が生き返ってくるわけでもなく、辛い辛い心の病が簡単に治癒する
わけでもなく、一体どうすれば良いの?これ以上何を頑張れというの?という返事が返ってくる
でしょう。

ですから、このような人に対して「頑張れ」というのはお門違いというか、無責任というか、
あまりにも身勝手な他人事のような言い方なのです。

この場合、「頑張れ}ではなく、ただそばに座ってその人の手に自分の手を重ねて黙って
一緒に涙をこぼしているだけの方がどれほど良いか知れません。

まず相手の苦境を理解し、共感することが大切なのです。
その意味で、上述のように体全体で「共感」の意を示した後に優しい言葉がけをしてあげれば、
相手にとっては砂漠の中のオアシスになるのではないでしょうか(T)。



親がなくても??

19961103晩秋の奥多摩cab


巷では親はなくても子は育つとよく言われます。
確かに子は育つでしょう。

しかし、親が離婚したために片親の中で育てられた子供、再婚した新しい親のもとで育てられた子供、
里親に引き取られて育てられた子供、そんな子たちは沢山の心の傷を背負って生きていくのです。
永遠に消し去ることのできない心の痛手を・・・・・
生みの親に一目でいいから会いたいと思う一方で、自分を見捨てた生みの親が憎いという複雑な思い
を胸に秘めながら生きて行くのです。
その子たちが大人になり、結婚して人の子の親となったとき、果たして問題なく子供を育てていく
ことができるでしょうか。難しいでしょうね。

なぜなら、そのような環境で育った子供たちというのは自分の生みの親を信じることができなくなって
いるだけでなく、広く人間を信じることも困難になってしまっています。

その結果、自分中心的な考え方に陥って、頼れるのは自分しかいない、どんな場合も自分が正しい、
悪いのは相手と思うようになりますから、親となっても自分の子供に対しては自分の思う通りに
育てようとするために、何かにつけて親子間で摩擦が生じ、挙句の果てには家庭の中がバラバラに
なって、そこからいろいろな問題がでてきてしまうのです。

このような暗闇状態に陥らないように、子供は両親のもとで育てられなければいけないのです。
結婚というのは軽々しく考えてはなりません。
そして一旦結婚したら、自分勝手な都合で離婚してはなりません。
母親は子供たちに全力で愛を投入し、子供たちを裁かずに許し、全ての原因は自分にあると反省
しながら、先ず自分が変わっていくように努力しなければならないのです。
これは親としての責任というものですね(C)。

5人に1人

20030414古城公園c


長い人生において、人はだれでも平等に幸せ半分、不幸せ半分を経験するといいます。

しかし、日本では国民の5人に1人が一生の間に心の病気にかかるといわれる時代になりました。
現在は、国民の11人に1人が心の病気を患っているといわれ、
うつ病の患者数はここ10年で2倍にもなりました。
さらに、過去10年以上、毎年3万人以上の人が自殺によって命を落としていて、
この内の75%が心の病気を患っていた人であるといわれています。

もはや、心の健康の問題は私たちにとって極々身近な問題になってきています。
そして心の病気を患っている人は、日々辛い辛い思いをしながら苦しんで生活しているのです。
加えて、心の病気は外見上では判かりにくいために、症状についての周囲の理解を得るのが難しい
ことが多いという問題があり、
その結果、対人関係において様々な誤解や支障が発生したりします。

このような心の病気にはいろんな種類があります。代表的なものをあげるとうつ病、統合失調症、
パニック障害、発達障害、性同一性障害、強迫性障害などです。

うつ病には人口の7~10%の人がかかるといわれており、気持ちが落ち込む、やる気が起きない、
集中力が低下する、夜眠れない、食欲がない、頭痛や吐き気がする、自分を責める気持ちが強まる、
死にたいと思ってしまう等の症状に苦しみます。

一方、統合失調症には人口の約1%の人がかかるといわれています。
患者さんは、実際には無いものが聞こえたり見えたりする(幻覚)、事実ではないものを確信してしまい、
修正できない(妄想)、これらの症状に関連してとても不安になったり、興奮して暴力を振るって
しまったり、人とのコミュニケーションがうまくとれなくなったり、うつ病と同じようにやる気が起きなく
なったり、気持ちが落ち込んだり、夜眠れなくなったりします。

またパニック障害は人口の2~3%の人がかかる病気です。
この病気では、脳の中枢の不調と不安な気持ちとの悪循環によって動悸や息苦しさが主な症状として
現れ、時に発作につながると、このまま死んでしまうのではないかという恐怖心におびえると共に、
このような発作がまた起きるのではないかという不安に曝されるため、日常の行動が制限されることに
なったりします。

発達障害は、先天的なさまざまな要因によって主に乳幼児期に現れ始める脳機能の発達に関係する
障害で、人とのコミュニケーションが困難になって、生活に支障をきたす病気です。

性同一性障害は、自らの性別に違和感や嫌悪感を持ち、生活上のあらゆる状況において、その
性別で扱われることに精神的な苦痛を受ける病気で、自己の意識に近づけるために手術によって
性転換を行う場合があります。

強迫性障害は、手の汚れが気になり、手や体を何回も何回も洗わないと気が済まない(不潔強迫)、
外出の際に家の鍵やガスの元栓を閉めたか気になり、何度も戻ってきて確認する(確認行為)、
車の運転をしていて、気が付かないうちに人を轢いてしまったのではないかと不安になる(加害強迫)、
などの症状があります。

では、心の病気といわれるこのような精神障害を患っている人達に対して私達はどのように接すれば
良いのでしょうか。

最も大切なことは、精神障害は「気持ちの持ちようでなんとでもなる」というような精神論的なこと
ではなく、あくまでも「心の病気である」と理解して接するようにすることです。
(1)障害者も健常者も同じ人間であることを忘れずに。
   障害者は好きで障害者になったわけではないのだから。
(2)傾聴し、共感する(必ずしも同意ではない)ことによって、相手を安心させる。
   相手を受け入れ、歩み寄り、相手が何を思っているのかに意識を向け、家族は味方であるという
   メッセージを送り続ける。
   自分の考えを押し付けない。自分の考えは最後にいう。
(3)相手の今を認め、良いところを見つけてほめる。
   相手は怠けているのではない。励ましは逆効果。   
   焦らずに静養させながら、回復の希望を持って接する。
(4)暴言を吐かれても穏やかに対応して鎮静化するのを待つ。
(5)「死にたい」という言葉がでたときは、絶対に自殺しないという約束を交わすようにする。
   毎日がへとへと状態で生きているのだから、生きているだけで立派。
などなど(T)

真(まこと)の愛(4)

20040502縄が池4aca


核家族化が急速に拡大した1970年前後、世の中の夫は外で働き、妻は家で家事を分担して
いました。
私も、子供が生れてからは外で働くことは殆どしませんでした。
夫に家事を手伝ってほしいと思ったこともありませんでした。

しかし、最近の若い方は外で働きながらの子育てですから、本当に大変だと思います。
夫に家事を手伝ってほしいと思うのは当然でしょう。

ところで、夫に仮に手伝う気持ちがあったとしても、夫はきっと毎日、外で沢山のストレスを抱えて
帰ってくるのですから、そんな夫に家事を手伝ってとまではいえないですね。
夫の母親が「女性は結婚したら家事に専念して家を守る役割があるけれども、夫は家族を養うために
外で働かなければならず、外で働いている中で常に7人の敵に囲まれているので、精神的に大変な苦労
をしているのです」と言っていました。
ですから、夫が仕事から帰宅したら、家はくつろいでストレスを発散する場として考えてあげなければ
ならないのです。

そこで、前のブログにも書きましたように、三世代同居家族の形態が重要になってきます。
妻は、人生経験豊富なおじいちゃん、おばあちゃんに家事全般を助けてもらいながら、「知・情・意」を
教えていただいて成長していくのです。

そんな訳で、妻は夫を支えながら、おじいちゃん、おばあちゃんに感謝しなければなりません。
また夫婦でいい争ったり、喧嘩をしたり、悪口を言ったりするところを絶対に子供に見せたり聞かせたり
してはなりません。
子供が大人になってからも同じです。自分の悩みなどは決して言わないようにしましょう。

妻は、このようにしておじいちゃん、おばあちゃんに感謝しながら夫の為に尽くし、子供のために
尽くし、周囲の人々のために尽くしして「為に生きる」を実践することが大事です。

人の為に生きることができる女性はどんなに素晴らしいことでしょう。
そのように輝いている女性が沢山いることも私は知っています。

ここまで、恰好の良いことを書いてきて、あたかも私がこのように実践してきたかのようですが、
前にも少し書きましたように、私は子育ては上手にはできませんでした(C)。

真(まこと)の愛(3)

20040118白鳥城跡(呉羽)より24b年賀用a


子供は家庭環境で人格の半分が作られると思います。
そして残りの半分は、先祖の影響を受け継いで生まれてきていると思います。

ですから子供は、沢山おられるご先祖様のどなたかに似ているのではないでしょうか。
例えば顔一つ見ても兄弟、姉妹ではお互いに多少は似ているところはあっても
同じ顔に生まれてきている子供は一人もいませんが、きっとご先祖様のどなたかに
すごく似ているのではないでしょうか。
性格についても多分同様でしょう。

では、家庭において子供を育てるにあたって最も強い影響を及ぼす人は
誰でしょうか?
以前、ある講演会で聞いたことですが、そこでお話しされた内容は、
母親の影響力が85%、父親の影響力が15%であり、
母親の影響力が最も大きいということでした。

私は自分の思うがままに自分中心で、子供の気持などはあまり考えずに
子供を育ててきましたので、このお話を聞いた時は本当にびっくりして
反省することしきりでした。
知らないということは本当に恐ろしいことですね。

父親の役割は、家族が生きていくために一生懸命働くことです。
そして母親は、父親が安心して仕事に出かけられる家庭環境を作る
ことが大切です。

家庭の中心は母親如何によって左右されると思います。
ですから、家庭の中にあっては父親よりも母親の方が大変重要な
立場にあると思うのです(C)。

真(まこと)の愛(2)

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前回のブログの続きです。

子子孫孫繁栄していくには、どのような人間関係を作っていけば良い
のでしょうか。

先ず、お嫁さんを迎えるにあたってどのような心構えが必要であるか、考えてみたいと思います。

褒めることが大事ですね。
近所の人たちにもお嫁さんの悪口を言わないようにして、褒めることが大切です。

お嫁さんの言うことを安易に否定しないことです。
お嫁さんの欠点探しをせずに、良いところ探しをすることです。

お嫁さんに愛情を持って接することです。

先輩面しないことです。
お嫁さんの言うことに対して聞く耳を持つことです。
何でも言えて話し合いができる環境を作るように心掛けることです。

このようにして、姑さんが立派であればお嫁さんも立派になります。
そうすることによって、立派な家庭ができあがります。

次いで、お嫁さんが姑さんになって、新しいお嫁さんに同じように接していけば、立派な家庭が
引き継がれていきます。

ちなみに、私の叔母はいつもお嫁さんを褒めていました。

また、私が以前に住んでいたところでは、お嫁さんがいつもお姑さんを褒めて感謝していました。
この家庭は四世代生活をされています。
3代目のお嫁さんも、勿論素晴らしい方です。

一方、お互いに褒めることをしない家庭はどうなるでしょうか。
結果はおのずと明らかですね(C)。

真(まこと)の愛(1)

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今日は、妻の私が家族と家庭について考えてみたいと思います。

まず家族については、
おじいちゃんとおばあちゃんがいて、私たち夫婦がいて、子供たちがいて、
三世代が一緒に生活できることが理想的な家族だと思います。
私も三世代の中で育ちました。

一方、家庭は、私たちが一番願う幸せを作っていく所と考えます。

ところで、子子孫孫繁栄していくには、どのような人間関係を作っていけば良い
のでしょうか(C)。

蝶は体内時計を持っている

Chrysozephyrus yakushimaensis ヤクシマミドリシジミ♂a

夏に山へ行くと、
緑色の金属光沢を持った翅で食樹の梢の周囲を飛び回るミドリシジミの仲間がいます。
キラキラと輝いて飛び交う様は、それはそれは美しいものです。
神様は、素晴らしい芸術作品をお創りになりました。

このミドリシジミの仲間には占有行動というのがあって、それぞれの体内時計によって、
種類毎に活動の時間帯を限定しています。
これは、余計な縄張り争いを避けて、種を保護するための摂理であるといえましょう。

私たち人間もお互いに争うことのない世の中を目指したいものです(T)。



子供たちを愛する宮崎駿監督

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長年に亘り子供向けのアニメ映画を製作され、先頃引退された宮崎監督。
宮崎駿さんは、これまでに「もののけ姫」、「千と千尋の神隠し」、「崖の上のポニョ」等々、
数々のアニメ作品を公開され、世界中の子供たちに人気が高いことで有名ですね。

これらのアニメを見て映画館から出てくる子供たちの表情は、いつも生き生きとしている
といいます。

きっと、宮崎監督のアニメを見て、子供たちの心が豊かに、健康になったからでしょう(T)。

プロローグ

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はじめてブログを作成しました。
これから心の健康をテーマにして、徒然なるままに書き綴っていこうと思います。
どうぞ宜しくお願いします。
 
 うつ病の高島忠夫さんを長年に亘って看病されている中で、奥様の寿美花代さんは
「つらくても、相手に愛情を持って接することが大切」とおっしゃっているそうです。
素晴らしいことですね(T)。